承福禅寺
福岡県宗像市上八1373
TEL:0940-62-1833
 / FAX:0940-62-0435
Google MAP

惺々著

惺々著 (せいせいじゃく)(無門関)

無門関の中に瑞巌主人公という公案がある。瑞巌の彦和尚、毎日自ら主人公と喚(よ) び、復た自ら応諾す。乃ち (すなわち)云く、「惺々著、 (だく) 。他時 (たじ) 異日 (いじつ) 、人の瞞を受くること莫れ、 (だくだく) 」

主人公とは本心本性の自己、真実の自己、惺とは惺悟の語があるように悟るとか心が静かなさまを言う。著は語意の強調する助辞。は「ハイ」の返事。瑞巌師彦禅師は毎日自分で自分に「主人公、即ち師彦和尚よと自らに呼びかけ、自分で―ハイと返事をして惺々著(しっかりと目覚め、本来の面目を保っているか。)人をあざむくことも、あざむかれることのないよう、真実の自己の状態でいるか。 ―ハイハイ」と自問したと言う。

私たちはというより私は、社会の中でいつもさまざまな情報に振り回されたり、自らの煩悩妄想に惑わされて己を失うことが多いのが現実だ。大徳寺の一休和尚は「正月や冥土の旅の一里塚 目出度くもあり目出度くもなし」という狂歌を詠んでいる。これは単なるざれ歌ではなく、己れを見失い、呆けていていいのだろうか?という一休和尚の警告でもある。

太平の世の今、のんびりお屠蘇気分になり、TVで箱根駅伝を楽しみ、高校サッカーに見とれているのも正月の過ごし方の一つではあるが、そこを一休和尚はその昔、京の街中を竹ざおに髑髏(どくろ)首をかざして「ご用心、ご用心」と叫びながら練り歩いたという。

一休和尚の木像

風狂な一休和尚らしさがあるが、正月の賑わいの中、我を忘れ、ほろ酔、己を失った人々への警鐘を鳴らすためのデモストレーションだったのだろう。まさに主人公たりえてるか―ハイ。しっかり己れを持して惺惺著たりえてるか。 。とありたいものである。

タイトルとURLをコピーしました