承福禅寺
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松老雲閒曠然自適

松老雲閒曠然自適(臨済録)
松老い、雲は閒(しずか)にして曠然として自適す

 松寿千年の翠〈みどり〉と言う句もあるが、老松は泰然自若、悠然としていつまでもそのみどりを保ち続けている。そしてまた流れる雲は静かにして時の経過、世のわずらわしさも忘れたるごとく超越して生きる悠々自適の心境を表す語である。ここにはもはや、煩悩妄想の湧く要素もなく、また悟りを感じさせる臭みを払拭ししきった妙境涯があるだけである。

 これは臨済義玄禅師が自らの禅法を後継者へ伝え終えて隠居し、その時の心境を述べた言葉である。「曠然」とは広々としたさまで、大自然のおおらかな中にたたずみて気宇広き心境をいい「自適」とは自らの心のおもむくまま、のんびりゆったりとした心境である。何にも縛られることもない自然の中で暮らす老僧の日々の営みを表している言葉である。
 浮世のことは何の未練もなく、何のしがらみもなく毎日を青山緑水を友として悠々自適に生きられることはまことにうらやましいかぎりである。

 今高齢化の時代において、自らがこんな心境にいられるだろうか。何十年の先の話ではない。自らが老齢の域に達する時の老のあり方を考えざるを得ない。江戸時代、仙厓さんとして博多の庶民に親しまれた仙厓和尚は「老人六歌撰」をあらわし老人に対する老のあり方に警鐘をならした。

・しわがよる ほくろができる 腰曲がる 頭は禿げる髪白くなる
・手は慄〈ふるう〉足はよろめく歯はぬける 耳は聞こえず目はうとくなる
・身にそうは頭巾襟巻き杖めがね タンボ温石〈おんじゃく〉手便孫の手
・くどくなる気短になる愚痴になる でしゃばりたがる世話焼きたがる
・聞きたがる死にともながる淋しがる 心がひがむ欲ふかくなる
・またしてもおなじ話に孫ほめる 達者自慢に人はいやがる

 人として淋しいことは人から嫌われいやがられることではないだろうか。老害、老臭などのマイナスのイメージもある中で、老人の生き方において人さまから慕われ尊敬されるような老境を築くことの難しさを思い知らされる仙厓の歌である。

 老域に足がかかる小生としては「松老い、雲は閒(しずか)にして曠然として自適す」の言葉を自ら吐ける心境を築き、老熟、老境老練と言うような皆に尊敬される格調高い老化である熟変を目指したいものである。

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