承福禅寺
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一撃忘所知

一撃忘所知
一撃、所知(しょち)を忘ず

 この語は香厳撃竹の逸話で知られる香厳智閑(きょうげんちかん)禅師の大悟の機縁を物語る有名な話である。その時、香厳禅師は長い修行の末に得た己の心境を偈にあらわしたが、その最初の一節である。「ゴツンと一撃をくらい一切合切、一瞬にしてすべてのものを忘れてしまい、心につかえるわだかまり、とらわれも無い悟りの心境を得た」というほどの意味である。

 香厳禅師は中国・唐末の禅僧で出家する前から聡明で一を聞けば十を知るほどに博識を得ていたといい、当時禅界の第一人者であった百丈懐海(ひゃくじょうえかい)禅師に師事した。
 だが、百丈の遷化にあい、兄弟子に当たる法嗣の潙山霊祐禅師の下で参禅弁道をつづけた。そのとき、潙山より与えられた公案が「父母未生以前の一句」であった。
 父母未生以前の一句とは、「まだ母の胎内を出ない先、未だ生まれいづるその前の汝の心境を言ってみよ」というわけです。未だ西も東もわからない、何がどうしてどうなったという理屈も通らない五里霧中のなかに香厳はおかれて戸惑った。

 あれこれ考えて自らの心境を吐露してみたが、潙山は許すはずもない。頭で考えたことなど所詮はこの世で学んだ知識であり、理屈に過ぎないことは明らかである。博識なるゆえに香厳は自らの学識理論にとらわれて、一向に父母未生以前の一句に当たる言葉を見いだせないままに、年月は過ぎて失意と嘆息の極に至る。香厳はついに潙山に「どうか教示願いたい」と嘆願したという。
 だが潙山は「私がそれを教えたり、言ってしまえば、それは私の言葉であり、お前さんの心境からの一句ではないではないか、今私がその一句を言ってしまえば、後で必ず私を恨むことになるだろう」と言って応じてもらえなかった。

 とうとう、香厳は自らの愚鈍さに失望し潙山のもとを去り、かつて自らが慕った慧忠国師の墓がある湖北省の武当山に草庵を結び国師の墓守をして過ごすことにした。
 そんな墓守りの毎日の生活のなかでのある日、掃き集めた落ち葉を竹藪に捨てたところ、 そのごみの中に小石が混じっていたのか、これが竹に当たってカッーンという音がして静寂の山の墓地に響いた。

その途端に香厳はハッと悟りを得ることができたのだ。百丈の門叩いて十数年、初めて味わう大悟の喜びである。
 父母未生以前の一句がわかったのだ。うれしくて、うれしくて小躍りしたくなるほどの感激に包まれたという。今初めて潙山が厳しく接してくれて、教えてもくれなかった親切がよくわかって潙山に向かって手を合わせて感謝を述べたという。その時の心境を表したのが
一撃、所知を忘ず
更に修治に仮らず・・
(以下省く) 云々の語なのである。
 その以下の偈については小衲には意訳するには力不足につき解し難く、ここでは省略させてもらうが、大事なことは撃竹によって大悟した香厳の喜びと、真摯に与えられた公案に取り組んだ長年の修行の中でようやく時機到来した機縁の妙をしっかりと見届けておきたいものである。

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