承福禅寺
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風定花猶落・・

風定花猶落 鳥鳴山更幽  (詩人玉屑)
風定まって花猶落ち 鳥鳴いて山更に幽なり

風は吹きおさまっているのに、椿の花が落ちる。静かな山中に響き渡る鳥の叫びの一声の後に来る静寂は寂寥感を感じさせ一層山中の静かさをもたらすものである。唐詩撰に代表するように唐代の創詩は多いが、次の宋代には創詩と共に古人の句をつなぎ集めて、別の新しい詩にしてしまう遊びとしての集句ということが行われたという。その集句の名人の王安石が古人の「風定まって花猶落ち」という句にまた他の人の「鳥鳴いて山更に幽なり」という句をつなげ合わせて、これが元の句以上に味わい深い句となり禅語として引用されてきた。

 風が全く無く静まりかえった庭先で、ぽとりと花が落ちる。桜の花のようなぱらぱらでもひらひらでもなく、ぽとりというひとつの音が、かえって静けさを気づかせ、静寂さを引き立たせる。すべての動きが止まった単なる静けさではなく、静かさの中に穏やかな温もりと時の動きを感じる静けさである。全くの無音状態が静かとは限らない。無音は却って不気味さ不安さを感じさせ心穏やかならず、決して静寂さを味わうことは出来ないものである。

 私はのんびりと喫茶店で時を過ごすことが好きである。しかし最近は自分自身のゆとりのなさなのか、ゆったりと過ごせるしゃれた喫茶店が少なくなって来たように思う。ゆったりとした空間に静かな音楽が流れる中に心を憩わせられるものである。ところが、同じビルの空間にありながら、何の音楽のない無音の喫茶店の侘びしさは静寂というものではない。なぜか落ち着きを失い、心がざわつくから不思議だ。やはり静寂は無音の中からは得られないのである。

 茶室の静寂も茶釜が奏でる松音によって一層引き立つようなものである。
「鳥鳴いて山更に幽なり」の語もやはり静かさの中のひとつの鳥の叫びが却って静寂さを際立たせる効果を生む。いずれも「動中の静、静中の動」の境をを表す言葉として面白く禅者は好む。

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