大道透長安 〈趙州録〉
大道長安に透る
長安は唐時代における帝都であり、シルクロードにおける中心として世界に通じる国際都市であり、すべての道はローマばかりでなく、長安にも通じていた。ただ、此処で言う長安とは心の世界の都のことであり、即ち悟りの世界、真理の世界を言い、大道とは人間の行き交う道路ではなく、仏(さとり)道、真理(法)の世界へ到るための道筋であり、人間が踏み行うべき修行の道である。

ある修行の僧が趙州和尚に問う「如何なるか是れ道」
(いったい道とはいかなることなのでしょうか?)
趙州和尚「墻下底(しょうげてい)」
(墻とは垣根のことで、道はすぐそこの垣根の外にあるじゃないか)
僧「恁麼(いんも)の道は問わず、如何なるか是れ道」
(そんな垣根の側の道なんぞを私はたずねておりません。仏法の大道をお尋ねしているのです)
趙州「大道透長安」
(ほら、大道はみな長安に向かって通じているじゃないか)
つまり、仏法とか真理などと云うものは遥か遠くにあるわけでもなく、何か特別難しいものでもなく、極々普段の生活の中にあり、身近なところにあるのだという教えとして、垣根のすぐ前の小さな道こそ、長安に通じるように仏の世界、悟りの世界へ通じる大道なんだよと示した言葉が「大道透長安」なのである。老師様方の説法でよく例えとして“わけのぼるふもとの道は多けれど々高嶺の月を見るかな”と云う一休さんだかの歌をもって示される。
しょせん、どの道を行くも、行く人の志次第なのであるが、志を立てまっすぐ歩むとき、どの道を往くにせよ、結局長安の都に到るのだ。

ちなみに、長安は今の西安市のこと。西安(シーアン)はかつて長安と呼ばれた時から、シルクロードの起点として栄えた町であるだけに栄華を極めた歴代の遺跡が多く、秦の始皇帝の巨大な副葬坑である、6000体以上等身大の「兵馬俑」が世界遺産としてあり、また楊貴妃ゆかりの別荘地華清池、始皇帝陵、歴史博物館、三蔵法師が仏典の保存のために建てた大雁塔など歴史的見どころには事欠かない。



