承福禅寺
福岡県宗像市上八1373
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関  (碧巌録)

関  (碧巌録)
南北東西活路通 (かつろをつうず)  大灯国師偈

 一般的に家の入り口を玄関といわれているが、玄関とはもともと入り口の意味ではなかった。玄関の玄の字は玄妙なというように、奥深い道理、根本の教え、真理の道と云う意味で玄関とは玄妙なる道に進む関門、つまり仏門に入る入り口、般若の妙門であり、幽玄な神秘宝蔵の関門を意味した言葉であった。この玄関の文字を中国の禅院では客殿の出入りの門に掲げ「どっこい、この先は容易に通さぬぞ」と悟りの境地に到る大切な関所として見立てたのだ。この精神が鎌倉時代に、そのまま日本の禅宗建築様式に取り入れられ書院造りと共にその禅宗の玄関造りが仏教各宗に広まり、玄関の言い習わしがさらに一般化したものである。

大徳寺開山・大燈国師の墨蹟(投機の偈)

 「関」は唐の時代、翠巌令参禅師が夏安居(げあんご)という厳しい修行期間が終わろうという日に大勢の修行者に向かっての説法で「私は皆さんのためにこの修行期間の90日の間、微に入り細にわたって説法してきた。仏法は誤って説いたり、あまり老婆親切に説きすぎると、仏罰が当たって眉やひげが抜け落ちるといわれているが、どうじゃ、ワシの眉毛はまだ生えているだろうか?」と禅的に大衆へ問いを発したのである。これに対し弟子の修行者たちはそれぞれに自らの境地をもって応えたのだが、そのとき雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師は「関」と応えたのだ。

 その雲門が関と云った意味合い、真意は如何なることかと問うのが雲門の公案である。翠巌禅師は老婆親切に説き、導こうとされたが、私はそんな生易しくここは通すわけはいきませんよと、是非善悪、一切の思慮分別を截断して雲門は関所を設けたのだ。この雲門の「関」を透過するには雲門の境地になりきらねば理解出来ないところであるから、解説する私がそのこたえを言えるものではない。だが、大徳寺開山の宗峰妙超禅師 (大灯国師)は師の南甫紹明禅師 (大応国師)より「雲門の関」の公案を与えられ、辛苦参禅修行三年にして、雲門の「関」を透過し、悟りの境地を得たという。そのときの境地を詩偈にして大応に示し悟りの認可を与えられたのである。

大徳寺開山/大燈国師

一回透得雲関了  一回〈ひとたび〉雲関を透得し了(おわ)って
南北東西活路通  南北東西 活路通ず
夕処朝遊没賓主  夕処朝遊 賓主を没し
脚頭脚底起清風  脚頭脚底 清風を起す

 ひとたび雲門の関を透過し終わってみると、四方八方何のとらわれるもの無いの自由自在の境地である。立つも座るも寝るも起きるも朝夕へだつことなく、客だ、亭主だといった賓主なく、迷いだ悟りだの区別もない。もう頭のてっぺんから足の先まで一点の塵穢れなく清風がかけぬけるようなすがすがしさだ。

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