曹源一滴水 (碧巌録) (そうげんのいってきすい)
禅の初祖達磨大師から六代目の祖師、曹渓山宝林寺の六祖慧能禅師によって禅は栄え、曹渓の慧能から五家七宗の禅宗の法脈が生まれさらに二十四流に分かれてますます盛んになるにより、禅法は曹渓の一滴の源泉に帰すとして、曹源の一滴水よばれた。

六祖の教えを源として雲門宗(うんもんしゅう)・潙仰宗(いぎょうしゅう)・臨済宗・曹洞宗・法眼宗を禅宗の五家とし、さらに臨済宗から楊岐派と黄龍派の法脈が生まれて、これを加えて七宗とし、さらに日本に伝わり、二十四の法流に分かれていった。だが、いずれにせよ禅心の本質は曹源にありで、曹源の語は禅の本質、禅の真髄をあらわす言葉となっていった。
法眼宗の祖、法眼文益禅師にある僧が「如何なるか是れ曹源の一滴水」と問えば、間髪を入れず法眼禅師は「曹源の一滴水」と応えたという。問いの言葉をそのまま答えとして返したのだ。即ち正法とは何だと問われれば、それはまさに曹源の一滴水こそ正法なのだと法眼禅師は切り替えしたのだ。このたわけもの、何をいまさら寝ぼけたことをぬかすかという法眼の気持であろう。
日本にはこの曹源の名に由来する曹源寺という寺がいくつかあるが、岡山の曹源寺は池田家の菩提寺で知られる。ここに明治の傑僧といわれる儀山善来禅師がおられた。ここに宜牧(ぎぼく)が弟子としていた。

あるとき、宜牧が風呂を沸かし過ぎて水桶を運び水を入れて冷ましたのだが、水桶の余り水を無造作にザーッと地面になげ捨てたのだ。これを見て儀山禅烈火のごとく怒り、「その水を拾え」と命じたという。たとえわずかな水でも、庭木に注げば庭木は喜ぶ。井戸から汲む水道のない時代ならずとも、山川草木はもとより、一滴の水にも仏の命、仏性(ぶっしょう)が宿るとするが禅のこころなのだ。節水はもととよりその一滴の水を捨てて省みない宜牧の粗雑な心を儀山禅師はきびしく諌めたのだ。

著書「中国祖跡巡礼の旅」より拝借
水を捨てるとは己の仏性をすてることに等しいことなのだ。水を拾えというのは、今捨てたお前の粗雑な心を戒め、さらに今投げ捨てたお前の仏性を拾え、仏性を見よということなのだ。宜牧は深くこれを心に刻んで修行に励み、その師の教訓から自らの名を「滴水」名乗り天竜寺の管長へ出世していった。
即ち一滴水にもみ仏の命宿り、仏の命そのものであり、禅の心があるものなのだ。こんな心が曹源の一滴水の語の中に汲み取れるのだ。と言いながら、水ばかりでなく何事においても祖雑に扱い無駄ばかりしている私にはこの語を語る資格があるのかと問われそうになってしまった。



