承福禅寺
福岡県宗像市上八1373
TEL:0940-62-1833
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2023-02

禅語

莫妄想

莫妄想(まくもうそう)〈伝灯録・無業章〉妄想すること莫(なか)れ 莫は「なかれ」と読み、妄想は誇大妄想と普段に遣う虚妄の想念。現実からかけ離れた空想、夢想のことで、正しい考えでない状態をいう。私たちは普段の生活においては多かれ少なかれ煩悩妄...
禅語

百尺竿頭進一歩

『百尺竿頭進一歩』(無門関)百尺竿灯に一歩を進む この語の百尺は数値としての長さのことではなく、それほどの高い竿の先という意味で、長い修行で至った悟りの極地の喩え。しかし、如何ほど高い境地にあっても、そこに留まって安住していたら何のはたらき...
禅語

独来独去 無一随者

独来独去 無一随者 (大無量寿経)独り来たり独り去りて 一つも随う者なし 富有にして慳惜(けんじゃく) し肯 (あ) えて施与せず  宝を愛して貪ること重く 心労し身苦しむ 是の如く竟(おわ) りに至れば 恃怙 (じこ) とする所無く 独り...
禅語

萬里無片雲

萬里無片雲(禅林句集) 萬里片雲無し 澄み渡る秋の空、雲ひとつない青空を眺めているとわが心まで広くなる気がするものである。そういうすがすがしい秋空の日が少なくなったようにも思えるのは、わが心の曇りがちなせいなのかもしれない。萬里とは萬里の空...
禅語

放下著

放下著〈ほうげじゃく〉 (六祖壇経) 厳陽尊者 趙州に問う「一物不将来 (ふしょうらい) の時如何」(何もかも捨て去って一物持っておりませんが、そんな時如何致しましょう)趙州「放下著」(投げ捨ててしまえ)厳陽「已に是れ一物不将来、這の什麼を...
禅語

一行三昧

一行三昧(六祖壇経) 一行は「常行一直心」【常に一直心を行ず】から出た言葉だと聞く。直心とは真っ直ぐで、何の計らいも執われもない、純真で分別も起きない純一な心。その常行一直心と三昧の語の合わさった言葉が「一行三昧」の語である。 三昧の語は禅...
禅語

松無古今色 竹有上下節

松無古今色 竹有上下節 (五灯会元)松に古今の色無し 竹に上下の節あり 松も竹も縁起のよい植物の代表である。これに梅を加える松竹梅は昔より「歳寒の三友」としてめでたさの象徴とされてきた。その松と竹のありようを有と無、古今と上下の対比をもって...
禅語

看花須具看花眼

看花須具看花眼 (南游東帰集)花を看 (み) るに須 (すべ) からく看花 (かんか) の眼 (げん) を具 (ぐ) すべし 承福寺では牡丹が咲き終わりつつじが終わり、今はサツキが咲き出して季節の彩を変えてきている。「花の色は移りにけりない...
禅語

山中無暦日

山中無暦日 (唐詩選)太上隠者の「人に答うる」と言う題の詩の中の一節 偶々 (たまたま) 松樹の下に来たり 枕を高くして石頭に眠る 山中暦日無し 寒尽くるも年を知らず 太上隠者といわれる世捨て人が、偶々 (たまたま) この大きな松樹の下に来...
禅語

張公喫酒李公酔

張公喫酒李公酔 (雲門広録)   張公酒を喫すれば李公酔う 張も李も人の姓で、張さん、李さんというのは中国では一般的な人のことで、日本で言えば熊さん、八っあんと云ったところ。ここで言う公は身分の高い人につける公ではなく、熊公くらいの親しみを...